こちらの記事には批判的な見解が数多くあるようなので、取り上げるか否か躊躇したのですが、あえて取り上げてみたいと思います。
大手塾に頼らない中学受験と「ゆる受験」
「中学受験をする場合、塾は最低でも小4から」「習い事はあきらめないと、志望校には合格できない」「3年間、親は子供に付きっ切りで勉強を見てやる必要がある」。(中略)そんな中、従来とは異なる受験スタイルを選択する家庭が増えてきました。『習い事を続けたまま受験をしたい』『受験勉強はさせたいけれど、塾に3年間通わせるのは大変なので、1年だけ受験勉強をさせて、中堅私立に進学させたい』『4教科まんべんなく勉強するのではなく、子供が得意な分野を評価してくれる試験方式の学校に進学させたい』といった“ゆる受験”への指導の要望は近年増加傾向です」
現在の中学受験では、「大手進学塾への通塾」が半ば事実上の標準(デファクト・スタンダード)になりつつあります。しかし、これとは「違うスタイル」で中学受験に臨むご家庭というのは従来から存在しています。
例えば、自宅学習を中心に、塾の模試や講習だけを利用して難関中学に合格したり、あるいは、習い事や家族で過ごす時間を犠牲にせず、「無理ない範囲で行ける学校に行く」という選択肢をとるご家庭もあるでしょう。
「ゆる受験」が具体的に何を意味するのかよく分かりませんが、人によって解釈の幅は相当に大きいと思います。仮に「ゆる受験」が、「大手進学塾に3年間みっちり通うというスタイル」以外の受験スタイルと定義すれば、「ゆる受験」によって最難関校に合格するお子さんもいるでしょう。
この記事では、
②「ゆる受験」→「短い勉強期間」→「中堅私立」→「特定の学校(10校)」と安易
に結びつけてしまった
ことから、誤解を生んでしまったように思います。
こうした誤解を別にすれば、この記事から以下のようなエッセンスが読み取れます。
(2)ご家庭の考え方や子供の特性(性格)に応じて、無理のない受験をする道もある。
(3)現在の中学入試では、4科目受験とは「違う入試スタイル」をとる学校も数多くある。
(4)受験準備期間が短くても中学受験ができる道がある。
(5)中学受験が盛んな地域では、高校受験は意外に狭き門になる。
(6)難関校以外にも特色ある教育を行う(あまり知られていない)学校も沢山あるので、学校選択に際して視野を広く持ちたい。
スタート地点の学力の違い
「従来の4教科型、算数と国語のみの2教科型に加え、英語やプログラミング、思考力など必ずしも膨大な量の暗記を必要としない新しいタイプの試験も増えており、気軽に挑戦する家庭が増えてきたのです」中学受験専門のプロ家庭教師、瀬川和士氏にも、短期決戦での受験の相談が増えているそうだ。「大手塾は立場上、話したがりませんが、受験の過熱は中堅~上位の学校を中心とした話です。1年だけの受験勉強で受かる学校はたくさんありますし、なかには魅力的な学校もたくさんあります。
この辺りの議論も、昨今の入試の多様化の流れを反映しているという流れからは特に違和感はありません。また、中学受験の過熱が難関校を中心としたものであり、それが(他の学校に)徐々に波及してきているということも納得できます。
ただ、前にも出てきましたが、「1年だけの受験勉強で受かる学校」というのは誤解を生みやすい表現です。
なぜなら、スタート地点の学力に既に大きな差があるからです。100m走のように皆がスタート地点から「ヨーイ・ドン」で一斉スタートするわけではないからです。
例えば、(1年間の受験準備を小5末から始めるとして)「小学校の勉強は楽にこなし、自宅でも自発的にプラスアルファの勉強している小5生」と「分数・小数計算、少し桁数の多い(整数の)かけ算や割り算も怪しく、漢字もあまり定着していない小5生」では、その後の1年の意味はまったく違います。
そもそも勉強習慣が身についていない生徒の場合、勉強に慣れるまでの準備期間も必要となるので、勉強に振り向けられる正味期間は1年よりずっと短くなってしまうでしょう。
さらに言えば、勉強期間が短くなればなるほど、無駄な時間を排除しなければならず、高い密度が要求されるということになります。1年間フルに勉強に充てようとすれば、それこそ綿密な準備や心構えが必要となるでしょう。
一方、3年間の通塾をする場合、3年間全力で走り続けるわけではありません。そもそも3年間全力で頑張るなどということは不可能でしょう。3年間という期間の中には、勉強や通塾に慣れるための期間や途中発生する中だるみ時期などもあるわけで、これらの期間を含めて3年という期間の中で準備することになります。
1年間で偏差値50はすでに「相当に優秀」
ゆる受験を選択した場合、1年間の受験準備をして狙えるのは、偏差値50程度の学校になると西村氏。「偏差値50と聞くと、ちょっと低いのではと思ってしまう親御さんも多いかもしれません。しかし、受験塾に通う優秀な子供たちの中で、真ん中くらいの成績にあたります。また、中学受験での偏差値50は高校受験での偏差値70くらいに相当します」
偏差値は母集団によって大きく意味合いが変わるので、「どの偏差値なのか」を示さないと誤解が生じやすいと思いますが、文脈からは、四谷大塚や日能研の偏差値と読み取れます。
しかし、これらの塾で偏差値50をとるというのは正直かなり大変です。
1年間の準備期間で塾の優秀なお子さん達の真ん中付近(偏差値50付近)まで食い込めるお子さんも確かにいるとは思いますが、その時点ですでに「相当に優秀なお子さん」のはずです。そうしたお子さんが仮に2年前から準備を始めたとすると、最難関校にも十分合格できるかもしれません。
「1年間の準備期間で済ませる」ためには、様々な条件が揃っていなければ難しいわけで、決して安易な準備で達成できるわけではないと思います。
知られていない学校
「歴史や伝統、高い教育力があるのに、派手にPRすることを好まないために、あまり知られていない学校が埋もれているのです。
確かに、PR(広報)の上手な学校とそうでもない学校というのはあります。
非常に堅実で良い教育をしているのに、(あまりPRしないため)知られていない学校は沢山あると思います。
こうした学校の中からご家庭の教育理念に合った学校を探し出すことは、目先の偏差値だけに躍起になることよりはるかに有用だと思います。
「ゆる受験」には周到な準備が必要
塾とは一線を画した(オーダーメードの)受験戦略は、ご家庭(子供)のペースで進められるというメリットはありますが、一方で、ハンドリングは非常に難しい。決して楽な道ではないと思います。
また、前述のように、受験準備期間を1年間で済ませようとすれば、「1年間で済ませることができるだけの事前準備」が必要です。
ダラーッと1年前まで過ごして、そこからおもむろに始めて「1年間で何とかなる」という類のものではないと思います。習い事やスポーツで培った「粘り強く取り組む力」・「基礎体力」・「集中力」があるからこそ、1年という短期間である程度追い込むことができるとも言えます。
いずれにしても、塾などに頼らずに短期間の受験勉強で中学受験に臨むためには、情報収集(=試験制度等を含めた学校研究)や基礎学力の強化をかなり前から行っておく必要があると思います。